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マイ・フェア・レディ

(1964)
My Fair Lady
allcinema ONLINE - マイ・フェア・レディ
11-113 :名無シネマさん [sage] :04/07/04 23:06 ID:veo6zoYW
「マイ・フェア・レディ」
ラストでイライザが教授に対して怒りをぶつけますが、
どうしてもイライザの言っていることに共感できません。
最初に観たときは「これは私がまだ子供だから判らないんだ」と思いました。
が、大人になった今でも納得がいきません。
言っていることは分かりますが、そんなに怒らなくても・・・と思ってしまう。

疑問に思いませんか?

11-114 :名無シネマさん [sage] :04/07/04 23:08 ID:0uD5SeUe
>>113
女心がわかってないですね

11-479 :名無シネマさん :04/07/29 13:26 ID:e8u38Hf3
マイフェアレディ
ヒギンズ邸を飛び出して、ヒギンズ母の家で決別したのに
ラストでヒギンズ邸に戻るのかがわからん

11-481 :名無シネマさん [sage] :04/07/29 13:56 ID:7ul8KQcY
>>479
それが恋

11-491 :名無シネマさん :04/07/29 18:31 ID:0rkS8xg/
>>479
「I could have danced all night!」で「私は一晩中踊れたのに・・・」というような部分があるでしょ。
そこでイライザがヒギンズ教授に恋しているのが分かる。

だが、ヒギンズ教授にとって、イライザは気に入っていたが研究作品という愛しい物でしかなかったのでしょう。
それが家を飛び出してヒギンズ母の家で対話した時は言葉が美しくなっただけではなく、
自立心を身に着けた女になっていて、ヒギンズ教授の中で愛しい物から愛しい人へと変わる。
(作品ではなくなったことはイライザを「パートナー」と言ったことからわかる。)
ヒギンズ教授の女性蔑視の理由は女性には自立心がないことだから。
だが、ヒギンズ教授には自分の信念(独身主義・女性蔑視?)があるため、
イライザへの愛と自分の信念が葛藤していた。だから、それを隠すために高慢な態度に出たんでしょう。
ヒギンズの強がりは最後に崩れて寂しさのあまり後悔していた。(←イライザの飛び出した目的完了)
イライザはヒギンズ教授の性格も理解していたし、ヒギンズ教授が強がっていたことも見抜いていたんだと思われる。
そして寂しくただずんでるヒギンズの元に帰ってきたのさ。

11-499 :名無シネマさん [sage] :04/07/29 20:28 ID:SBfYHJZO
>>479
一段落してるみたいだけど、補足として。

原作の「ピグマリオン」ではイライザはヒギンズ教授の元を離れてフレディと結婚する。
「イライザはフレディと結婚するんですよ」という、教授の大笑いで終わり。
これについて原作のバーナード・ショウは、
「イライザはヒギンズ教授の元に戻ることはない。ガラテアがピグマリオンを愛することはない。
なぜなら、ガラテアにとってピグマリオンは恋愛の対象ではなく、神のような存在だからだ」
と書いている。
(ピグマリオンは自分の作った石像ガラテアに生命を与えるが、そのガラテアを愛してしまう)

しかし、映画の脚本を書いたアラン・J・ラナーは、
「ショウ殿、どうかお許しあれ。私にはあなたが正しいとはどうしても思えないのです」
とことわってあのようなラストにした。

イライザが戻ったわけは、自分が確固とした個人であると自覚したイライザが、
ヒギンズ教授は「神」でもなんでもなく、自分は教授と対等の人間だと理解し、
その上で自分が教授に愛情を感じていることを悟ったからだと思う。
「ちゃんと手も顔も洗ってきたよ」という花売り娘の時のセリフは、
私は花売り娘のときからずっと私自身だった、というアピールも込められているはず。

それに対する「イライザ、ぼくのスリッパはどこだい?」というヒギンズのセリフも、
ぼくのやり方だって変わらないよ、という返答で、
イライザを愛していながらも、ベタベタした恋愛対象ではなく、
「味方の軍艦」として尊重しようという、
互いに相手を認め合った愛情表現ってわけだろう。

11-500 :499 [sage] :04/07/29 20:44 ID:SBfYHJZO
× 映画の脚本
○ ミュージカルの脚本

11-510 :名無シネマさん [sage] :04/07/30 02:36 ID:zujWtIA0
>>499
質問とは無関係ですが少し異論があります。
戯曲の「ピグマリオン」は1938年に映画化されていて、
そのときの台本は原作者のショーが書いています。
おっしゃる通りイライザはフレディと結婚しますが、
映画の最後に後日譚が追加されて「マイフェアレディ」と同じラストになりました。
─ 来る前に手も顔も洗ってきたよ。
─ 僕のスリッパはどこだね、イライザ。
というくだんの台詞は、原作者のショーが書いたその映画の台本に出てくるものです。
そのため、ヒギンズとイライザは結ばれるべきだという評が相次ぎ、
それにこたえてショーが、「二人が結婚することはあり得ない」と発言したわけです。
ラーナーは、このフレディとの結婚の事実をカットして「マイフェアレディ」を書きました。

11-512 :名無シネマさん :04/07/30 03:08 ID:qe5OaJQQ
>>499
最後の「スリッパはどこだ?」は帽子で顔を隠してることからしてヒギンズの照れ隠しと解するのが妥当だろう。

個人として接してなかったヒギンズのやり方が今後も変わらないのでは、
イライザはヒギンズの元では個人として認められないことになる。
それではあまりにも不条理すぎる。

11-520 :499 [sage] :04/07/30 10:23 ID:pX5ifO2+
>>510
全くその通りです。白水社版の原作を読んでから大分経つので忘れてた。
お恥ずかしい。

>>512
もちろんどんな解釈でもいいはず。

私は、
>個人として接してなかったヒギンズ
と、思い込んでいたのはイライザであって、
「ぼくのやり方もピッカリング大佐と同じで、誰に対しても同じ態度をとっているだけだ」
というヒギンズ教授の言葉を聞いて、
個人として認められていなかったのではないと分かったからこそ、
イライザは冷静に自分の気持ちを考えることが出来て
教授の元へ戻ったんだと思っているだけ。

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